簿記検定試験で出題されることもある「組替調整額の注記」は、理解が難しい論点の一つであると思います。しかし、基本をしっかりと理解すれば解ける問題も増えていきます。
この記事では、組替調整額の注記について解説します。
組替調整額とは何か
なぜ組替調整を行う必要があるのか
その他有価証券評価差額金に関する例題の解き方
組替調整額とは
組替調整額(リサイクリング)は、当期純利益を構成する項目のうち、当期又は過去の期間にその他の包括利益に含まれていた部分を言います。
つまり、その他の包括利益を構成する勘定科目が、売却や減損、償却などによって当期純利益を構成する項目に振り替えられたタイミングで組替調整を行うことになります。
組替調整の対象となるその他の包括利益としては、次のようなものが挙げられます。
その他有価証券評価差額金
繰延ヘッジ損益
為替換算調整勘定
退職給付に係る調整額
例えば、その他有価証券を売却して投資有価証券売却損益を計上したタイミングで、それ以前に計上していたその他有価証券評価差額金について組替調整額を行うことになります。
その他の包括利益の内訳項目 | 組替調整額 |
その他有価証券評価差額金 | 当期に計上された売却損益及び減損処理された金額 |
繰延ヘッジ損益 | ヘッジ対象に係る損益が認識されたことなどに伴って当期純利益に含められた金額 |
為替換算調整勘定 | 子会社に対する持分の減少に伴って取り崩されて当期純利益に含められた金額 |
退職給付に係る調整額 | 前期末の未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用のうち、当期に償却され当期純利益を構成する項目として損益処理された金額 |
なぜ組替調整が必要なのか
組替調整(リサイクリング)は株主資本と当期純利益の間のクリーンサープラス関係を成立させるために必要となります。
クリーン・サープラス関係とは?
貸借対照表の株主資本の変動額と、損益計算書の当期純利益が一致する関係にあること
クリーン・サープラス関係の成立は、会計情報の信頼性を担保するために重要です。
とくに日本の会計基準では純利益を重視しており、「株主資本と純利益」とのクリーン・サープラス関係は特に大切であるといえます。
さらには、前会計期間を通算した純利益とキャッシュ・フローの合計額を一致させ、純利益を総合的な業績指標としての有用性を保つためにも必要とされます。(一致の原則)
また、包括利益の二重計上を防ぐ目的もあります。
クリーン・サープラス関係の成立
純利益とキャッシュ・フローの一致
包括利益の二重計上の防止
数値を用いた例
取得原価100円で購入したその他有価証券の時価が120円に上昇したことにより、20円の未実現損益をその他包括利益として認識します。
X1年度の仕訳
借 方 | 金 額 | 貸 方 | 金 額 |
その他有価証券 | 20 | その他有価証券評価差額金 –その他の包括利益– | 20 |
当期首に当該有価証券を120円で売却したため、20円の投資有価証券売却益が発生します。これは、その他の包括利益から純利益の構成要素への振替(リサイクリング)として処理します。
当期の仕訳(X2年度)
まずは、その他有価証券の売却です。(洗替処理は実施しないものと仮定します)
借 方 | 金 額 | 貸 方 | 金 額 |
現 金 等 | 120 | その他有価証券評価差額金 | 120 |
その他の包括利益から純利益の構成要素へのリサイクリングを行います。
借 方 | 金 額 | 貸 方 | 金 額 |
その他有価証券評価差額金 –その他の包括利益– | 20 | 売 却 益 –純利益– | 20 |
損益および包括利益計算書で確認してみましょう。リサイクリングをすることで、次の目的を達成していることがわかります。
クリーン・サープラス関係の成立
純利益とキャッシュ・フローの一致
包括利益の二重計上の防止
① 仮に株主資本が0とすると、X2年度において純利益によって株主資本は20増加し、純利益の20と一致します。(クリーン・サープラス関係)
② X2年度の純利益20とキャッシュ・フロー20*が一致しています。(純利益とキャッシュ・フローの一致)
* 100で購入して120で売却しているので、20のキャッシュ・イン・フロー
③ X2年度に20の純利益を認識しますが、包括利益はX1年度にすでに認識済みであるため、X2年度に新たに包括利益を認識することはありません。(二重計上の防止)
〔損益および包括利益計算書〕 | |||||
(X1年度) | (X2年度) | ||||
投資有価証券売却益 | 0 | 20 | |||
純利益 | 0 | 20 | |||
その他の包括利益 | 20 | △20 | |||
包括利益 | 20 | 0 |
組替調整額の注記とは
組替調整額については、注記として開示することが必要になります。
当期純利益を構成する項目のうち、当期又は過去の期間にその他の包括利益に含まれていた部分は、組替調整額として、その他の包括利益の内訳項目ごとに注記する。(包括利益の表示に関する会計基準より)
組替調整額はその他の包括利益の内訳項目ごとに注記します。この注記は、その他の包括利益の各項目別の税効果の金額の注記と併せて記載することができます。
その他有価証券の売却に関する組替調整額の注記
まずは、その他有価証券を売却に関する組替調整額の注記について解説します。
例題
以下の資料をもとに、当期の包括利益計算書を作成し、その他の包括利益に関する注記事項を示しなさい。
〔資料〕
1. 当社が保有するその他有価証券(単位:千円)
A社株式は前期に取得し、B社株式は当期中に取得している。
取得価額 | 前期末時価 | 売却価額 | 当期末時価 | 備考 | |
A社株式 | 12,000 | 12,500 | 12,800 | ー | 当期中に売却 |
B社株式 | 18,000 | ー | ー | 20,000 | 当期末に保有 |
2.実効税率は40%であり、その他有価証券評価差額金の計算にあたり税効果会計を適用する。
3.当社の個別株主資本等変動計算書(一部省略している、単位:千円)
資本金 | 利益剰余金 | その他有価証券 評価差額金 | |
当期首残高 | 500,000 | 132,000 | 300 |
当期変動額 | |||
剰余金の配当 | △15,000 | ||
当期純利益 | 48,000 | ||
その他有価証券の売却による増減 | △480 | ||
純資産の部に直接計上されたその他有価証券評価差額金の増減 | 1,380 | ||
当期末残高 | 500,000 | 165,000 | 1,200 |
解答・解説
株主資本等変動計算書をもとに計算します。包括利益計算書は次のようになります。
当期純利益:48,000千円
その他有価証券評価差額金の当期変動額:「当期末残高(1,200)ー前期末残高(300)」=900千円
〔包括利益計算書〕 | (単位:千円) | |||
当期純利益 | 48,000 | |||
その他の包括利益: | ||||
その他有価証券評価差額金 | 900*1 | |||
包括利益 | 48,900 |
その他の包括利益 900千円の内訳を注記します。
その他有価証券評価差額金 | (単位:千円) | |||
当期発生額 | 2,300 *3 | |||
組替調整額 | △800 *2 | |||
税効果調整前 | 1,500*1 | |||
税効果 | △600 | |||
その他の包括利益 | 900 |
*1 900 ÷(1ー0.4)=1,500千円
*2 売却による増減額 △480 ÷(1ー0.4)=△800千円(リサイクリング)
*3 当期発生額をXとすると、Xー△800=500なので、X=1,300千円
A社株式の取得から売却までの時価の変動は、売却益として当期純利益を構成する(組替調整額:リサイクリング)
問題を解く上で当期発生額から順に算定するのはやや複雑な計算を要します。そこで、まずは税効果調整前のその他有価証券評価差額金の金額(上記*1)を算定するところから逆算して求めるのが、難易度としては簡単です。
その他の包括利益 → 税効果調整前 → 組替調整額 → 当期発生額 の順番で考える解きやすい
また、表示は税効果を控除した金額で表示をします。
その他の包括利益の内訳項目は税効果を控除した後の金額で表示する。
ただし、各内訳項目を税効果を控除する前の金額で表示して、それらに関連する税効果の金額を一括して加減算する方法で記載することができる。(包括利益の表示に関する会計基準)
その他有価証券の減損に関する組替調整額の注記
例題
以下の資料をもとに、当期の包括利益計算書を作成し、その他の包括利益に関する注記事項を示しなさい。
〔資料〕
1. 当社が保有するその他有価証券(いずれも前期に取得したもの、単位:千円)
取得価額 | 前期末時価 | 当期末時価 | 備考 | |
A社株式 | 1,000 | 900 | 400 | 当期末に減損処理 |
B社株式 | 10,000 | 11,400 | 13,600 | 当期末に保有 |
2.実効税率は40%であり、その他有価証券評価差額金の計算にあたり税効果会計を適用する。
3.当社の個別株主資本等変動計算書(一部省略している、単位:千円)
資本金 | 利益剰余金 | その他有価証券 評価差額金 | |
当期首残高 | 500,000 | 132,000 | 780 |
当期変動額 | |||
剰余金の配当 | △15,000 | ||
当期純利益 | 48,000 | ||
その他有価証券の減損処理による増減 | 360 | ||
純資産の部に直接計上されたその他有価証券評価差額金の増減 | 1,020 | ||
当期末残高 | 500,000 | 165,000 | 2,160 |
解答・解説
株主資本等変動計算書をもとに計算します。包括利益計算書は次のようになります。
当期純利益:48,000千円
その他有価証券評価差額金の当期変動額:「当期末残高(2,160)ー前期末残高(780)」=1,380千円
〔包括利益計算書〕 | (単位:千円) | |||
当期純利益 | 48,000 | |||
その他の包括利益: | ||||
その他有価証券評価差額金 | 1,380 | |||
包括利益 | 49,380 |
包括利益計算書における、その他の包括利益の金額は株主資本等変動計算書の当期変動額(期末残高ー期首残高)になる。
その他の包括利益の内訳の注記
その他有価証券評価差額金 | (単位:千円) | |||
当期発生額 | 1,700 *3 | |||
組替調整額 | 600 *2 | |||
税効果調整前 | 2,300*1 | |||
税効果 | △920 | |||
その他の包括利益 | 1,380 |
*1 1,380 ÷(1ー0.4)=2,300千円
*2 減損処理による増減額 360 ÷(1ー0.4)=600千円(リサイクリング)
*3 当期発生額をXとすると、Xー600=2,300なので、X=1,700千円
その他の包括利益 → 税効果調整前 → 組替調整額 → 当期発生額 の順番で考える解きやすい
A社株式の取得から売却までの時価の変動は、評価損として当期純利益を構成する(組替調整額:リサイクリング)